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2008年9月アーカイブ
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今月は、何度もブログを書いていますが、私にとって気になる話題ばかりなので。
朝青龍が巡業をすっぽかし母国でサッカーをしていたことから仮病だといわれた事件がありました。相撲協会は罰として二場所の出場停止を与えました。
この一件から高砂親方と弟子である朝青龍の師弟関係がいろいろと取り沙汰さたされました。親方の指導がよくない、朝青龍が親方をなめているなど。
以前、行状が悪く親方の奥さんに暴力を働き角界を去った力士がいます。この力士双葉山と羽黒山から四股名を貰って、双羽黒としたくらい期待されていたのですが行状の悪さが原因で辞めたのです。
この頃は、上下関係、縦社会の秩序もあったのでしょう。その自覚をその力士も持ち合わせていたから辞めたのだと思います。そんなことをしたのではと居られないと。
しかし、高砂親方と朝青龍にはそのような関係があるとは思えないのです。今の朝青龍の行動を見ても。
はっきり言えば親方の監督、指導に問題ありと言っても弟子である方が言うことを聞かなければそれも出来ません。
記憶が定かではないのですが確か、高砂親方が部屋を継承した時、相撲を指導するにあたり自主性を重んじた方法をとるといったことを記憶しています。
彼は確か近大相撲部出身で角界に入りました。大学時代の相撲部で経験したことの反動が、そう言わしめたと推測します。
当時の大学の運動部のほとんどは縦社会、上下関係は厳しいのが当たり前でした。
しかし、それが監督指導できなくなった一因だと思います。だから横綱として振舞えと言っても「我」が出てしまうのです。
「自主性を」と言うと聞こえはいいですが、年齢的にはまだ成人していない者を指導するのですから。
次は昨年起きた時津風部屋のシゴキでの死亡事件でした。横綱の範と言われている大横綱双葉山が興した部屋で起きたのです。なんとも痛ましい事件です。残念です。
我々の学生時代の運動部でもこのような事故は起きています。様々な面から再発防止をしなければいけないのだと思いますが、ちょっと気になる話があったので、それに触れたいと思います。
相撲は挌技です。厳しい稽古を通して、頑強な身体を作り、激しくぶつかる立合いにも耐える身体でないと相撲は取れません。
昔、大学生の頃日本で撮影された「007ジェームスボンド」の映画で大相撲を観戦するシーンがありました。確か撮られてた力士は琴桜の取組だったと思います。砂かぶりで相撲を見たことがない私にとって、立合いで頭がぶつかる瞬間「ごっつん」と音を聞いた時その凄さに驚いたくらいですから。
基礎訓練の股割り、四股、鉄砲、擦り足で基礎体力をつけ、土俵稽古で技を身に付けていきます。その過程で、稽古が苦しくなったりして自分に「甘え」が出てそれを乗り越えなければならない時、本人を奮い立たせる「愛のムチ」が必要な時もあります。
稽古の時、竹刀が使われています。今回のその事件で稽古場には竹刀を持ち込まないようにと話がでていたのには短絡さを感じました。
相撲は、土俵に立ち、命がけで相手を倒しに行くのです。
闘争心、勇気、頑張りなどの精神性を作っていくには必要とは感じるのですが。
マスコミなので、見識者と言われる人たちが意見を言いますが、鍛錬し強くなる過程を経験したことがあるのでしょうか。あれば己の甘えに克つ難しさもわかり、手助けの必要さはわかるはずです。
叩いて、奮い立たせ、心を強くさせる作用もあるのです。
見た目、暴力的な印象を持ちますが、それは稽古する本人の自覚の問題です。
「厳しい、シゴキ」はイコール「悪」という短絡的な批評はしないで欲しいものです。
厳しさ、辛さは「己の心」と対峙させる機能があります。
対峙した時、「甘えの心に、克たねば」と思うことが心の稽古にもなるのです。
相撲界で大麻事件が起きて、北の湖理事長が辞任という事で決着し新理事長、武蔵川親方が改革の任にあたる事になりました。
大麻事件では、親方の監督指導責任が問われる事となりました。
その対策として「指導マニュアル」を作成すると新聞記事にありましたが、
記事の一文に、「子供の頃に、親が教えるようなことまでマニュアルにするのか」などと嘆きともいえる文面がありました。
そんな状況では、指導する親方までが子供扱い。
皮肉ですが、だったら、相撲協会もISO9000の認定でも取ったらと言いたくなります。
しかし、それはある面、日本の現状で、家庭での躾が出来ていないこと、それと2,3年位ですぐに入幕する外人力士が増えてきた事が原因でしょう。挨拶、生活作法、長幼の序などほとんど常識的な事柄ばかりがマニュアルに取り上げられているのでは。読んでみたいものです。
そのためにマニュアルを作って、再確認をしなければならないほど、タガが緩んでいるのだと思います。
相撲社会は、縦社会であり番付がすべてです。厳しい指導、稽古によって番付が上がり、それによって鍛え育まれた人格が秩序を支え構成されていましたが、時代の変化、ここ最近の外人入門があってから壊れてきたようです。
話が変わりますが、一連の事件で北の湖理事長が「責任は親方にある」といい続けてきたことが、元小結竜虎がテレビで説明した話を思い出して理解できました。
説明はこうです。「相撲協会の理事長職は商店街の会長と同じ役割」。
北の湖は三保ヶ関部屋に入門し、横綱まで登り詰め大横綱と称される強い横綱です。中学での入門です。他の社会の経験を持たず、12,3歳で相撲社会に身を置き育ち、親方を親と思い、言いつけを素直に守り厳しい稽古にもひたむきに耐えてきたのです。その過程で、三保ヶ関親方を見て相撲社会の親方の役割を学んでいたのでしょう。部屋の全ては親方にある。だからこそその発言があったと思います。
竜虎が言うように、商店の経営は店主にあり、経営一切の責任を担っています。
だから、「親方の責任」と発言したのだと思います。
いろいろとその対応を先送りと非難されていましたが、今、私はそう思いません。彼が学んだとおり律儀にその考え通り、押し通したのです。一途な性格と思われます。
お疲れ様でした。
しかし、これから相撲協会はどのように改革したらよいのでしょう。
前にも言いましたように相撲を「髷を結い、花道があれば芸能」と言い残した池田弥三郎氏の言葉がヒントになります。日本の文化として考えれば、土俵で相撲を取る姿勢に、竜虎が言ったように精神の根底には武士道精神がなければなりません。
思いつくまま記述します。
生々堂々と、卑怯な振る舞いを慎み、勝っても相手の心情を思いやり、ガッツポーズをとらせないように教えること。最近それがわからない外人力士がいます。
様式美を常に忘れないよう指導する。髷がある以上、それにあった服装、仕草を守らせる。伝統的所作を再認識させる。
マスコミが取り上げて、朝青龍が髷をポーニーテイルにした写真が問題になりましたが、禁止されている行為です。注意指導に当たります。横綱があれではいけません。
批評する側に容認する発言もありましたが、伝統を守っていく上で安易な妥協はいけません。
変えて良いもの、悪いものしっかりと弁別しないといけません。
懸賞金をうけとる際にも、賞賛に対して感謝の念をこめるように。
力士の士はサムライを示す、生活面でもそれに習い、教育する。
例えば、北の湖が現役時代、勝って、土俵下にいる負けた力士に対し手を差し伸べ土俵に上げる所作を北の湖は敢えてしませんでした。彼はその行為(優しさ)に対し「相手にとって屈辱と感じるのでは」と配慮し行わなかった。これなどサムライらしい配慮です。
外人力士をどうするかが当面一番の課題でしょう。
相撲協会は外人に頼っていては、日本文化としての相撲継承できなくなると反省すべきです。
それよりも、ゴルフで成功している例を参考にして少年に相撲を普及させる対策を検討すべきです。相撲自体体育的面で言えば、勇気、集中心、などの精神面での育成には効果があることをアピールしていくべきです。
そのためにも、本場所は減らしてでも、地方巡業を増やして生の相撲を多くの人に見てもらい良さを知ってもらうことです。
新理事長、武蔵川親方に期待する所です。
9/5、ニュースで、大阪の米加工販売会社「三笠フーズ」が工業用に限定された「事故米」を食用として転売していたと報じた。
タイトル通り、「また、また、また出た食品事件!」
ふと、思うことは何故食品業界に多く出るのだろう。
最近、建築業界ではマンション耐震偽装事件があり、購入者にとっては一生問題として残っている事案だが、更に深く調査すれば、耐震不足の建築物は存在しているのかもしれない。
それにしても雪印乳業の事件から、食品業界は、偽装、不正、が毎年のように出てくる始末。
今年に入り、食肉加工偽装、中国の毒入り餃子、うなぎ産地偽装、など。
今年上半期(1~6月)に全国の警察が食品の産地や品質の偽装で摘発した事件が9件、29人となり、過去最悪だった2003年(11件、45人)を上回るペースで増えていることが4日、警察庁のまとめでわかったと報じています。
農林水産省の杜撰な検査など、現状認識の甘さも指摘されています。
役所仕事、法律の不整備、等の問題だけではない事件と見直すべきです。
食品業界に携わっている人達が、食品業界に身を置く人としてどうあるべきか垣根を超えて指導者にある立場の方々(例えば、組合の長、会社社長)が、業界全体で参集し反省すべき時期に来ているだと思います。
何だかんだといっても、問題を起こしているのは「人」です。それもその組織の長です。
「公」社会に対しての業界の使命、責任の再認識です。社会的責務を忘却しているからだと思うからです。
そう思う背景に、小学校の先生に言われた言葉を思い出すからです。
最近10年ぶりに、先生とお電話で会話をする機会に恵まれ、その時いろいろとお話させていただきました。教育について「質の低下、問題解決する能力が落ちている」の見解を述べた時、先生は寂しそうに「今の教育では」答えました。
具体的面はどの事なのか私は詳しくわかりませんでしたが、本で読んで知っていた知識からなんとなくわかったような気がしました。
知識詰め込み主義になり、創造力、解明力、観察力を育てる理科、図工、音楽どの授業がないがしろにされているのではと。
他に、先生が言われた言葉で印象に残った言葉が「自由、平等を履き違えた」です。先生はこのことが大きな誤りだった言われました。
今度の事件も、根はここにあるような気がします。「自由、平等の履き違え」が進み、自分さえ良ければという「我儘」が育ち、社会的責任、使命を忘れさせたのでしょう。
でも戦後の風潮を想像するとそれが潮流となり社会は動いたのだと思います。例として、戦前では考えられない「裸踊り、ストリップショー」が公衆の面前で演じる事が容認されました。
それも、自由の風と戦後の大人たちは感じたのでしょう。
子供の頃「自由、平等を履き違えた」はよく耳にしていた言葉でしたが、今はその通りと確信を持って理解しています。「公」に対しての責務を教えず、自由で、平等だといって日本は利己主義になりました。自分の都合優先で、他へ思いやる心がない風潮にあります。
戦後教育で、教育の3本柱「知育」「徳育」「体育」の「徳育」が十分果たせなかった点も見逃せません。
私、「道徳」の時間があった事は記憶にありますが、何を学んだかよく覚えていません。
高度成長を続けた昭和30年後半から、知らず知らずに金儲け優先のエコノミックアニマルと言われる日本人になっていました。外国の人か、誰が言ったかわかりませんが、明らかに侮蔑の言葉です。
それもさほど、意に介さず今日に至っての食品業界の不正、偽装、詐欺事件。
食品業界に限って、そんな人材がおおいのでしょうか、一連の事件すべて金儲け主義優先の会社経営です。
しかしたまたまの偶然のような気もします。だた、目立っているだけと。
「公益」を忘れた会社は、いろいろな業種にでも事件を起こしています。
報道する側のマスコミ業界の会社でも同様な、捏造、やらせの偽装番組、社員の破廉恥行為などの事件、公平さを欠いた偏向報道など報じられています。
やはり、根は一緒の感があります。
この一連の食品業界の事件、日本国、日本人に警告を発しているように思えます。
<追記>
このブログを書いた次の日、9/9のテレビニュースで三光フーズが海産物、えび、ホタテ、刺身など消費期限を偽り使い回しをしていたと報道。
何故、何故と思わざるおえない。
ただ、賞味、消費期限は前にもブログで取り上げましたが、この件は流通の仕組みなど再考しなければ、まだまだ起きてくると思います。
現実に食することが出来るから。
すし屋さんに聞いたことですが、鮮度が落ちれば煮物、焼き物、炒めものと調理によって充分食材として使えるものなのです。
アフガニスタンで邦人が拉致されたとニュースが流れました。また拉致かと頭をよぎりました。
詳しくニュースを知ると、ボランティアで農業技術指導をしている青年、伊藤さんと言う方。彼の安否情報が錯綜し、テロ組織タリバンの仕業か、生きているのかなど報道される中、8月27日遺体で発見された。
報道によれば、失血死との事、背後から機関銃で連射され左大腿部の大きな負傷が死因と告げていました。痛ましい事件です。
捜索には現地住民、1000人を超える村民が参加して彼を探していたとの事。
ニュースで知る限り、彼の仕事振りに現地の人は敬意を払い尊敬の念を持って接していたようです。
わかります。ボランティア自体、「利他の念」が強くなければそのような仕事に付きません。また、おそらく人柄も良く真面目に仕事に取り組んでいたことは想像できます。真面目な仕事ぶりは国境を越えても評価は同じです。
このニュースでそのような活動をしている団体NGO「ペシャワール会」を知りました。彼、青年伊藤さんの入会志望の文章を読むにつれ、彼の覚悟、志の大きさを知るほど無念なことと感じます。
それを示す文言がありました。
『私が目指していること、アフガニスタンを本来あるべき緑豊かな国に、戻すことをおてつだいしたいということです。これは2年や3年で出来ることではありません。』
覚悟の程が読み取れます。
オリンピックが終わり、また、国民栄誉賞なるものを誰に上げるかと話題になりましたが、私から見れば彼にすべきです。
国民栄誉賞の基準があいまいで選考をどのようにすれば良いかなどメディアで取り上げられていましたが、単純に日本国、国民にとって栄誉、功績と思えるものと規定すればよいと思います。
名前が国民栄誉賞となっていますが、賞の名前がふさわしくなければ、彼のような功績に対する賞を設けたらいいと思います。
青年伊藤さんの行為は、他国の人々にお役に立ちたいという思いからです。オリンピック選手などがメダルを目指し活躍する意味合いと違います。根底に「利他の念」があります。
彼の死が犬死にならぬよう、国民の記憶、歴史に刻むためにも。
私が彼を選ぶ基準として考えれば、
○ 友好関係を更に発展させた。
○ 国是、国際貢献に該当。
○ 事件に巻き込まれ、志半ばの無念の死に対し哀悼の意。
でも、彼のような若者が目立たないだけで、たくさんいるのでしょう。
次の出来事に驚きました。
福田首相辞任、テレビの臨時ニュースで知りました。内閣改造でこれからだと言うタイミングで。
安倍首相と同様短命に終わりました。
新聞、ニュースから読み取れることは、嫌気がさしたことがどうも動機のように思えるのですが。
投げ出したと言われても仕方ない様です。
安倍さんは政治家としては3代目となる人、福田さんは2代目です。
この辺あたりが今回の辞任の遠因のように思われます。
口幅ったいことをいうようですが、端的に言えば『ぼんぼん育ち』。逆境に弱いともいわれます。
私が子供の頃から知る、政治家、岸信介、池田隼人、佐藤栄作、田中角栄と比べると線の細さを感じます。
太平の世に育ったことも影響しているかもしれません。
徳川幕府も家康、秀忠、家光と代が移るにつれ、戦国時代を生き抜く雄々しい気風が薄れ軟弱に成っていくのと重なってきます。
日本の国家情勢をみても、国の主権が侵されている拉致事件、領土問題が国会で激しく議論されず、
弱腰になるのも、男が軟弱になっているのが影響しているのかなとも感じます。
福田首相は昭和11年の生まれです。
その当時、「男子たるものは」など言われる気風があった時代です。父親である
福田赳夫氏はそのような躾をしなかったのでしょうか。
以前紹介した『失われた手仕事の思想』を書いた塩野米松さんが憂慮した、職業的倫理感の喪失が政治家と言う職業にも出てきているでは。
仕事への使命感、責任感が希薄になっているような気がします。
困難、難局乗り越えてやろうと言う気概が出ないのは、「男として情けない」というこだわりがないのかなとも想像します。
『葉隠』の一節、“武士道といふは死ぬ事と見附けたり”の意義を解説した神子 侃(かみこただし)氏の解説文章の一部ですが次のように教えています。
「非常時の時の覚悟で、平時の時の勤めを果たせ。そのためにも非常時の際には無条件で身命を捧げる決意を固めておかねばならぬ」と。
以前、スカルノ大統領の第二夫人か第三夫人か忘れましたが、デビ夫人が「戦後、日本の男は玉を抜かれた」と言っていた記憶がありますが、言い得ているような気がします。
「男は黙ってサッポロビール」のCMが受けた時代から、今は男がお笑いで「ベラベラおしゃべり受け狙い」がモテはやされる時代に変質しました。ある美人女優がお笑い芸人と結婚しました。男性観の変化を示す一例です。たかだか40年ぐらいで変わってしまいました。
私にとって次の出来事が起きたのが残念です。
大相撲、若ノ鵬が大麻使用で逮捕されたことです。ここ最近相撲協会は朝青龍問題から、シゴキでの死亡事件など大揺れに揺れています。そのたびに相撲評論家たちがいろいろと発言していましたが、麻薬逮捕で一挙に相撲協会の膿が噴出した感があります。
大相撲の道統がこんな形で壊れていくを見て、悲しくなります。
戦後、大相撲の人気はなく、大変な思いして復興に努力したと聞いています。
世の中が落ち着くにつれ、徐々に人気が出てきて照国、千代ノ山、鏡里、吉葉山などの横綱が出てきました。(追記、思い出したので記します。江戸っ子横綱といわれた東富士もいました。引退した後プロレスに行きました。)
大関で記憶にあるのが、名大関と言われた名寄岩、長身の大内山、押しの三根山、松登、などです。
人気の証として、相撲さんが主人公として映画にもなりました。
確か記憶では、名寄岩、千代ノ山、初代若乃花、房錦の相撲さんが映画になっています。プロレスに転向した力道山も日活で「怒涛の男」のタイトルで主演しています。
千代ノ山は「横綱返還」騒ぎがあった記憶があります。吉葉山は治療して再起できたお陰と医師の名前を四股名にしました。鏡里は太鼓腹で有名でした。
房錦は出足の良さで関脇になり、弾丸房錦と形容されました。
時代としては昭和20年代後半から30年代初めと記憶しています。
昭和20年代後半からテレビの相撲中継をも始まり、相撲を見るようになりました。
私が子供頃は、強さの象徴として横綱などは憧れる存在でした。
また、当時は個性の強い相撲さんがいます。記憶にあるのが、
関脇で全勝優勝した時津山、差し身の良い、信夫山、北の洋、頭を低くして相撲をとる潜航艇岩風、巨漢の大起(おおだち)、昭和30年代後半になると、吊りだしの明武谷、打っちゃりの北葉山、モダンボーイと呼ばれた若羽黒、平幕で金色のまわしをして全勝優勝し玉ノ海、うち掛けの名人琴ヶ浜などなど。
今振返れば、相撲を強い興味を持って見ていたのは、昭和30年代の栃若時代、
40年代の柏鵬時代頃と思います。相撲中継が楽しくて毎場所のように見ていたと思います。
横綱輪島、北の湖、輪湖時代が終わった頃から相撲の醍醐味が薄れてきたような気がまします。
私自身の見解では、部屋別総当り、力士大型化が醍醐味を失わせているようでなりません。それと外人力士が増えたこともあります。
最近の相撲の決まり手を見てもわかります。
押し出し、寄りきり、突き落とし、はたき込み位しかありません。
相撲が大味です。
番付の格の違いも薄れています。大関がその典型です。10勝出来なければ駄目で9勝ではクンロク大関と言われてだらしないと相撲評論家から叱責されていました。今は勝ち越し、負け越しの繰り返し、何回目のカド番かが話題になっています。
相撲協会の刷新が叫ばれています。
私が改革するとすれば、温故知新ではないですが部屋別総当り制を止め一門制に戻します。その方が相撲の取り口が今より幅がでると思います。
一門といえば出羽ノ海、二所ノ関、立浪、高砂、時津風があります。
力士対決の種類は減りますが、昔のように一門の利益がらみの要素が持ち込まれれば敵愾心が強くなり、真剣さが強まります。
昔の巡業は一門で行い、それが一門の収入ともなりました。ですから人気力士を育てることが一門の繁栄に直結していました。
これに代わる仕組みを作ってもよいのではないか。
例えば、一門の団体戦。
一門同士での出稽古だけにしておけば、対決する相手の手の内が良くわからず、いろいろな決まり手も出るように思えます。
重量制限を設け、上限を150キロとしてそれ以上の体重のある力士は出場停止。怪我が多くなっているのも大型化が一因。
収入は減りますが、年4場所にする。今の6場所制だと鍛える時間が少ないと思う。4場所になれば、相撲取の現役寿命も長くなり、味のある相撲さんが育つ。
外人力士の採用は、相撲の道統を理解し、力士としての精神性を身に付けさす試用期間を設け、それを体現できないものは弟子として採らない。
師匠として資質が認められるものに限り、部屋を持たせる仕組みつくり。
などが思い浮かびます。
呼び戻し、内無双、外無双、外掛け、内掛け、吊りだし、打っ棄り、上手投げ、下手投げ、出し投げ、首投げ、二枚蹴り、渡しこみ、など四十八手が繰り出される相撲が見たいと思う昨今です。
呼び戻し、別名仏壇返しという技、リアルタイムで見ていませんが、フィルムで見る機会がありました。初代若乃花が鳴門海をその技で投げていますが、殺気すら感じるくらい凄みがありました。
最後に一言、昔慶応義塾大学に在籍していた教授 池田弥三郎氏は相撲を次のように定義していました。
『髷を結い、花道があるのだから芸能』であると。テレビで聞いた記憶があります。
とても含蓄のある言葉と思います。
私はスポーツである前に日本の文化、また興業的側面を指摘しているように理解します。
私が子供の頃、相撲を見る姿勢を如実に示す話があります。
大関松登が千秋楽で初代若乃花と対戦するのです。若乃花は確か優勝を決めていて、松登は負けると大関陥落となります。若乃花は対戦を思い悩んだようですが、勝利します。
勝ったために相撲ファンから情け知らずと非難を浴びます。
何故勝ちを譲らないのだと。八百長しなかった事をファンは怒っているのです。
昔の相撲ファンは幅のある見方で相撲観戦を楽しんでいたようです。
8月24日閉幕した北京オリンピックで、私に一番印象に残った競技はトラック競技400メートルリレーでした。予選レースでアメリカ、イギリスなどの組がバトンミスで失格となり、僅かですが決勝戦に期待感がもてました。
決勝レースは遅かったので中継では見ませんでしたが、結果が気になって翌日のニュース番組で何度も見て、その度に身を乗り出して見入ってしまいました。アンカー朝原選手が3位でゴールする場面は何度見てもワクワクしました。
私達の世代の者は、オリンピックのトラック競技でメダルを取るなんて日本にとって夢の又夢見たいな感じがするくらい無理と思っていた人が多いと思いす。短距離走で決勝すらなかなか出られなかった日本です。
戦前、1936年ロサンゼルスオリンピック100メートルでは暁の超特急と呼ばれた吉岡選手ですら、決勝6位。しかし、日本人選手で100メートルの決勝の残った人は出ていません。
そのような状況にある短距離走でメダルを獲得したのです。
最近400メール高野選手、はじめ為末、末續選手などの活躍が目立ち陸上競技でもトラック種目が強くなってきたなとは感じていましたが。
しかしリレーでメダルを取れるなんてびっくりしました。
実際に銅メダルを取ったのです。当の選手達もインタビューに答えてメダルを首にかけるまでは信じられないと答えるほどのものなのです。
80年ぶりの偉業とニュースは報道していましたが、私にはその様な表現以上のものを感じます。
なぜなら、子供の頃、ヘルシンキ、メルボルン、ローマ、東京オリンピックをニュース、テレビなどで見ていましたが、日本が強い種目、体操、レスリング、水泳などではメダル獲得していましたが陸上競技はさっぱりだったと記憶しています。
当時、活躍した選手、体操では鉄棒の小野喬、女子体操では池田敬子選手、レスリングの笹原正三、水泳では潜水泳法の平泳ぎ古川選手、自由形の中山毅などが記憶にあります。しかし、陸上競技トラック種目ではメダルを取れていません。
余談ですが、東京オリンピックの時、当時通っていた高校の先生がチェコスロバキア、女子体操チャフラフスカ選手の体操演技を見たのでしょう。金メダルを取っていますが、彼女がよほど素敵に見えたのでしょう。授業中我々の前で、チャフラフスカは『いい女だ』と感想を漏らした記憶があります。教師という立場にある先生の表現としては多少驚きましたが、男から見るとそう思えるのは私なりに理解できました。
男の本音が出たのでしょう。
今の女子体操競技は軽業師的な色彩が強く、当時の女子体操のような優美さはなくなりました。残念なことです。
東京オリンピックで100メートルに期待された飯島秀雄選手も確か決勝戦には進出できなかったと記憶しています。この方、後にプロ野球に入り盗塁専門に足を生かしてプレーしたのですが成功しませんでした。
野球の走りと短距離走では技術が違ったのだと思います。
100メートルではイギリスのハリー、アメリカのヘイズが優勝候補で、ヘイズが金メダルと記憶しています。10秒で走れるかが話題になっていました。
ヘイズは後に、アメリカンフットボールに転向しました。
当時、アマチュアリズムがあり陸上では金にならなかったのでしょう。
他に、女子では80メートル障害の依田郁子選手が期待をされていましたが5位入賞でメダルには届きませんでした。
東京オリンピックマラソンで銅メダルを取った自衛官の円谷選手、他に重量挙げ三宅選手、大松監督率いる女子バレー、東京オリンピックから正式種目になった柔道、レスリングの選手達がメダルを取っています。
当時、私は高校の2年生でした。テレビでオリンピックを見ていましたが、親が知り合いからサッカーの入場券がもらえたので、行って来いといわれオリンピック見物のつもりで行き、サッカーを観戦したことが思い出になりました。
ただ、当時、サッカーは人気がなく入場者が少なかったと記憶しています。私もサッカーにはほとんど興味はありませんでした。
しかし、釜本、杉山選手などの名前は知っていました。この後のメキシコオリンピックでこのメンバー達が銅メダルを獲得するのです。
私の東京オリンピックでの一番の印象は開会式と閉会式です。
坂井義則選手が聖火を持って走り、聖火台を点火し炎があがるとともにハトが放たれたシーン。昭和天皇独特の甲高い声の開会宣言も印象に残っています。
入場行進などは今と違って、行進曲にあわせ整列し行進するのです。きちんとした行進を見ているだけで興奮を覚えました。各国の選手達が歩調をあわせ、胸を張り姿勢を正して行進する姿に美を感じるくらい感動ものでした。
当時、私の経験でも学校の運動会の入場行進はそうしていました。その影響もあるのでしょう。
閉会式は開会式と全く違って、整列はせず、選手達が自由に歩きながら入場してきたのです。このシーンも印象深かったです。演出だったのか自然とそうなったのか知りませんが、国境を越えて、いろいろな国の人たちが肩を組み、手をつなぎ、自由に振舞い世界が一体となっているような雰囲気を作っていました。
このシーンの印象があまりにも良く思え、後のオリンピック、ロサンゼルス頃からかと思いますが、開会式、閉会式の演出が派手になり、時間も長く、だらだらと演目を続け、競技会に似つかわしくない気がして興味がなくなりました。
北京オリンピックの開会、閉会式は観ていません。ニュースで見る程度です。
ただ、感心するのが出場している選手たちの練習にかける時間と持続性。
全人生をオリンピック出場にかけて練習に没頭する姿勢には驚嘆です。
それぐらいしなければ出られないオリンピックは凄いと言うしかありません。
朝原選手はオリンピックに4回も出ている、それだけでも改めて凄いと思います。それにしても、引退を決意した後、再度挑戦した結果が銅メダル、本当に良かったと思います。
このような、オリンピックに出るような選手はぎりぎりまで身体能力を高め、特化した技能を獲得するのでしょう。
そのような専門的取組をする人たちがいる一方で、以前より、私が気にしている事があります。一般の人達の平均的身体能力が落ちているのではないか。
10年ほど前ですが、合気道を習いに来た20代半ばの青年に基本動作を指導していた時、上半身が前屈みの半身体勢になったとき倒れたのです。この稽古は相手を倒す動作ではないのですが、倒れたのです。私は「えっ」と言う感じで多少の驚きを感じました。
『お前、何で倒れるのだ。バランス感覚が悪いなと』と声を掛けつつ、質問しました。『お前、子供のころ相撲をしたことがあるかと』聞いたのですが、『ありません』との返事でした。
その返事でなんとなく倒れる理由を理解しました。
私は子供の頃、遊びで相撲を良くやりました。相撲のような格技することで、投げられまいと踏ん張ったり、腰を落とし相手を押そうとしたりする動作でバランス感覚などを知らず知らずに身に付ける事が出来るのでしょう。
私達の世代、子供の頃身体を使う遊びがほとんどでした。
相撲、飛び馬、蹴り馬、綱引き、面子、ローラースケート、ベーゴマ、ケン玉、独楽、S字、缶蹴り、キックボール、ドッジボール、竹馬、B玉、釘倒し、などなど。
昔と違って遊ぶ環境も変わり車社会になり道では遊べなくなり、空き地が減り、公園でも制約があり、キャッチボールすら出来ないケースが増えてきた。屋外より屋内で出来るゲーム機など、小手先で済む遊びが主流なのでしょう。そんな遊び方が身体能力を高めることを阻害しているのでは。
転んだ時、手をつけず顔から倒れる子供がいるなどの話も聞いたことがあります。考えられない話です。
当社の男性従業員ですが、20代半ば、身長176cm体格も良く、私より一回り大きいのです。前述したような考えを持っていた私は試そうと思い※インデアン相撲をしようといってしたのですが、やはり私に勝てません。
腰を割って安定させる所作が身についていませんでした。
彼に質問しました。『相撲したことある』と、やはり『ない』との返事でした。
※ インデアン相撲は半身に立ち、前足のつま先を合わせ握手した状態で引っ張り合い足が動いた方が負け。
今頃の子供は相撲で遊ばないのでしょう。
やはり若い男性従業員ですが、私は気になることがあるので注意したのです。
それは、歩く時肩を僅かに左右にゆすりながら歩き、腰が僅かに曲がっているのです。
直そうと思い、私は気をつけの姿勢を取らして、立つ時の重心位置を調べてみたのです。
調べ方は、前から指で軽く押すのです。正しい重心が取れていないので後方に簡単に動いてしまうのです。かかとに重心があるからです。
それではだめだよと言い、親指付け根に重心が掛かるようにして腰を伸ばせといったのですが直りません。
正しい姿勢をとる意義を大切なものと思えないのでしょう。
ヒト科と言う動物のレベルで人を考えてみても、生き抜く上で身体能力はある程度の水準までは必要だと思います。
我田引水と成りますが、私が稽古している合気道はもってこいと思うのです。
例えば受身です。私自身も身に付けていたお陰で危険を避けられた経験があります。数名の後輩からも身に付けていたお陰で頭を打たずに済んだ話を聞いたことがあります。受身は倒れこんだ時、如何に頭を守るかが稽古の目的になります。
それに身を守る術、危険回避の心得が身に付きます。
稽古は型の反復練習でします。
競技化していないので無理なく行えます。複雑な動きが求められるなど体育的側面からも中学校の体育の正課としてはどうでしょう。精神面、技術面では、合気道の骨子が『調和』です。
いいと思うのですが。
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