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2010年2月アーカイブ

塗装実績を更新しました。

ネットを通じて問い合わせがありました。

素材がアルミ板で、カメラの取付具になり、光を遮る機器として使用されるものだそうです。

担当が電話中だったため、私がお話を伺いし、塗色は反射を避けたいので「黒」でとの意向でした。

それでは「艶消し」が良いでしょうとご提案申し上げ塗色は決まりましたが、お急ぎの様子、塗料の在庫、ご希望の艶消しがあるか、確認の上担当者よりご連絡しますとお答えしました。

 

工数が塗装だけで、在庫もご意向に添う塗料がありましたので、お持込頂き2日後にお渡しすることができました。

◆お問い合わせ先
電話:049-266-5800  
受付時間:10:00-17:00(日・祝日を除く)

お問い合わせフォームはこちら ◆担当:上野

2月初旬、久しぶりに親しくお付き合いしている、刀匠一貫齊繁綱さんの鍛錬場を訪問してきました。
刀匠一貫齊繁綱さんとの縁は10年以上前、居合を指導していただいたことが始まりです。
訪問の目的は、先月のブログで紹介した「タンバ」の研ぎをお願いすることでした。良く見ると棟(峯)に僅かな錆が出ていたのです。
家から、車で一時間弱の比企郡ときがわ町にあります。一時半頃到着し玄関でインターホーンを鳴らして返事を待っていたのですが、返事がないので無断で家に入りました。仕事中で鍛錬場に居たため聞こえなかったようです。
戸を開けて、挨拶し仕事の区切りがつくまで待ち、その間作業を見ていました。当然火を扱う仕事、冬とは言え傍にいると熱く、夏場は大変な作業になると思いました。区切りがつき、最後に、燃えている炉の炭の中から鉄の塊らしきものを拾い出しているので、それは何ですかと聞くと鉄のカスで「ノロ」と返ってきました。拾わないと炉の底に固まって取れなくなってしまうからだそうです。

「お久しぶりです」と挨拶し、訪問目的を告げて「タンバ」の研ぎをお願いしました。
手にして、タンバを見ながら作られ方の説明をしてくれました。
鍛え方は、柾鍛え(まさきたえ)、板の柾目のように一方方向に鍛えるものと説明があり、刃は地金に※白紙一号と呼ばれる金属を張り付けているとの事
※鋼の種類で青紙、白紙、黄紙とあり、通常青鋼、白鋼と呼ばれるものだそうです。
白紙一号、二号と呼ばれる鋼材があり、鉋、包丁などに使用されている

専門的な用語なので、よく判りませんでしたが、銀色の輝き方が確かに刀身部と違うので分かりました。
作り方にも目的に応じて刃物は作られていることを知りました。
専門家にしか分からない事です。
親父の形見になるので、綺麗にして置きたかったとその動機を話しました。
また、数年前に彼から頂いた木材「斧折れかんば」で作った木刀の仕上がりを見てもらいました。特徴である虎模様が良く出ているかなど気に掛け、私が彼の友人にもあたる人から胡桃の油を頂き、それで仕上げたことを話すと、そうでしたかと納得されていました。
その油を塗ることで、色、艶、虎模様が鮮明に出るのです。その材質水に浮かべても沈むくらい硬いものです。
合気道の組太刀稽古で使うつもりで拵えたのですが、傷をつけるのが勿体無く感じ、素振りだけに留めています。
長さは、102センチ、重さ800グラム強あります。
写真
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その後、日本刀、居合いに関して夕方5時ごろまで懇談しました。
私にとって興味深かった話を紹介します。
彼は、師匠であった酒井一貫齊繁政の最後の門人になるそうです。師匠は軍に召集され軍刀鍛冶をされていたそうです。刀の強度を試すために基準があったと説明してくれました。
それは、鉄製で、厚さ2分(5、6mm)、幅3分(約1cm)ものが作った刀で切れることだったそうです。焼きが強いと寒冷地などでは折れやすくなり、通常、焼きが甘いと曲がると話してくれました。
以前ブログで一貫齊繁綱が拵えた3尺の刀を紹介しましたが、改めて聞くと山形の人に頼まれ、流儀は夢想流で林崎神社の奉納演武に使うためだったそうです。試し斬りは短冊型の鉄板で行い、厚さ2分でした。
厚さ2分がある程度切れ味の目安になるのでしょうか。
私が刀の重さにも触れて、「1.2キロから1.5キロぐらいが実用的ではないでしょうか?」と話すと、修理中の柄が付いていない刀二振りを持ち出して説明してくれました。
茎(中心)(なかごと読み※柄をはめる部分)の峯に相当する部分の厚さが3分弱ほどありました。
それを見せてくれた理由は昨今振りやすくするため鞘を払って、柄を嵌めた重量が800グラムと振りやすい軽い刀が作られるようになっているからです。
本人も注文を受けて作ることもありますが、実用的本質からかけ離れることは刀匠としては許しがたいのでしょう。
蛤刃にする理由も教えてくれました。
蛤刃は重ねを厚く作らないとその形にできません。
刀身の断面で中央部が僅かに膨れているのです。別な言い方をすればカーブを描いている状態をいいます。
蛤刃で斬りつけた部位、斬り口が開きめくれ、殺傷能力が高まるとの説明でした。武器としては殺傷能力が高いほうが良いわけですから。
22、3歳のころ古武術の稽古をしていた頃の思い出話では、師匠であった下田某の試し斬りにも触れて、小鮪、重さ40キロほどの胴体を一刀両断した話、直径は4、50センチ程になると言っていました。剣の切れ味を決める手の内の締めの稽古も凄まじく、鍛錬打ちと称してタイヤを打ち込み、跳ね返されないよう鍛えたそうです。それを聞き「合気道でも同様の稽古をします」と答えました。居合いの場合、抜き付けですから右手一本で締めるのです。稽古は厳しいものとなったでしょう。
手の内の締めを確認する稽古では、竹の両端を豆腐で支え、潰さず竹が折れるか、また、鎌を二本の竹にくくり、刃に紙縒(こよ)り※(和紙を細く切りひねってひも状にしたもの)を通して、その紙縒りの輪の中に竹を横に通し、水平にぶら下げた状態にして木刀で折る稽古をしたそうです。
手の内がしっかりできれば打ちこんだ時、竹の両端が上に上がるため衝撃が起こらず、紙縒りは切れずに竹が折れるそうです。
豆腐がつぶれないないのも同じ理屈です。

真剣を使った稽古では土壇場斬りの試斬、五段重ねです。
畳二枚分を丸めたものは一本で直径20cm程になるそうです。重ねれば高さが約1メートルになるのでしょう。これを一刀両断にするのです。
やはり、「手の内の締め」が大切と言われていました。

新聞社の取材を受けた時の話をしてくれました。
刀造りの作業場を見てもらった後、記者から頼まれたのでしょう。
試し斬りをするのですが、その時使った刀、柄がないので茎(なかご)を握って斬ったそうです。その時の写真を記者が撮っていました。
その記者、後日、心得のある他の人に見せたら、驚いていたそうです。
居合では、柄当てと呼ぶ業の理合と袈裟斬りについて稽古上の注意をしてくれました。
柄当てでは、敵が両手で柄を押えている状態から、相手を突き飛ばすため居合腰から立つ時の体勢をしっかり作ること、袈裟斬りでは逆袈裟斬りに斬り上げるので刃筋は小袈裟に入れることなど指摘を頂きました。
今後の稽古に役立てようと思います。

彼は友人でもありますが、刀や居合などの話を聞かせてもらうと、つくづく刀匠として、重信流の使い手としてその腕前に感嘆します。
ある意味、本当の職人さんと思えるのです。
今後もお付き合いし、いろいろ勉強させて頂きたいと思っています。

先月、テレビ番組で「脳波が暮らしを変える」と題して、脳が活動した時に発する脳波を利用した機器が、いま急速に日常生活へ浸透している状況について、放送していました。
アメリカで、玩具として売られている製品の紹介があり、頭に脳波センサーをつけ念じることでボールを浮遊させる製品が大ヒットしていると言うのです。
解説者は、センサーの進歩により、小型化、廉価になりそれが可能になったと説明です。
BMI(Brain Machine Interface ブレイン マシン インターフェイス 脳介機装置)なる情報処理技術を応用しての玩具には驚きです。
他に、アーチェリーの練習にそのような装置を使い上達させる試みを紹介していました。上級者の脳波状態と比較してどの点を改めれば上達するか、練習している時の脳波状態を観察してコーチはアドバイスするのです。上級者は緊張の中にもリラックスできることが観察され、どうやってリラックスできるかが練習目標となっていました。その装置のお陰で、客観的な観察が可能となり、効果的とアーチェリーの選手は手応えを感じたようです。
脳波を観察することで心の動きもわかり、コマーシャルフィルムの製作にも応用され、消費者がどの場面に注目するかを調べ、効果的なCM製作が出来る様になったとも報じていました。

この番組を観て私が強く関心を持ったのが、念じてボールを浮遊させる玩具でした。高校生時代、催眠術を学んだ時、念動(念じて物を動かす)訓練が教科にあったからです。確か、盥か、洗面器に小さい物を浮かべてそれに「動け」と念じるものです。
当時は、そういわれても半身半疑で実行はしませんでしたが、昨今では、アメリカのFBIが超能力を使う捜査(実用主義・プラグマティズムを実践するアメリカらしい判断です。)をテレビで紹介し、超常現象、超能力の存在を容認する風潮があり、ロシアなどその研究が盛んらしく、テレビ番組に念力で物を動かす場面を見たことあります。
まさに、BMIを使っているとは言え、見た目の現象は念動だったのです。

その頃私が催眠術に興味を持ったのは、高校一年の時、同級生が休み時間に、ある級友に催眠術をかけ、動けなくしたからです。確か、木を掴ませて手が離れないと暗示をかけていました。
当時、催眠術が注目され、ブームになっていたと記憶しています。テレビで実験的に視聴者に催眠術をかけるという番組を観たことがあります。
生命保険会社に勤務する方が出版した「催眠術入門」という本があって、私はそれを購入し読み、興味が高じて、更に詳しく分からないかといろいろ調べ、通信講座があることを知り、受講したのです。
「神秘流催眠術通信講座、帝国神秘会」と称していました。
術を覚え、叔父や妹、その友人達に施術しましたが、面白いようにかかるので面白がってやっていた頃、お袋から強く注意されて止めました。
お袋からすれば、気味が悪かったのでしょう。
叔父さんに、「水をビールだ」と暗示をかけビールと思わせたり、痛覚がなくなるから痛みは感じないと暗示をかけ、手の甲にはさみの先端を突き立てたこともありました。
催眠術が歯の治療や無痛分娩に使われる医療技術の一端になることも、「催眠面接の技術」という本を読み、知りました。

その影響で、更にいろいろと知りたくなり、心理学、超心理学など興味を引く本などを買い、ジームクント・フロイトが主張する深層心理学、カール・ユングの心理学が扱う共時性現象などを知りました。
フロイトを扱った映画、モンゴメリークリフト主演「フロイト、隠された欲望1962年」、銀座へ見に行ったこともあります。

10代の頃にそんな知識を持ったことが、神秘的現象の存在に懐疑的な思いと在り得るのではと半々の思いを持たせる結果となりました。
昭和50年代になると、ユリゲラーなる超能力者?(手品師)が来日しテレビ番組に出演してブームが起こり、スプーン曲げが流行り、なんとなく疑いを持ちつつも、ありうるかなとの考えを持っていました。

脳波のエネルギーを媒体する装置(BMI)の存在を知り「ボールを浮かせる」現象をみて、「念力」にはある作用を起こす能力が在り得るかなという思いが以前よりまして湧いてきたのです。
それは、私が武術、武道を稽古していることとも関わりがあります。
「気を察する」「気配を感じる」「気を発する」「気を導く」など心的な物理的に確認で出来ない作用が稽古に取り組まれているからです。
「念動」、「念写」など存在は現実に認められていたこともその一因です

催眠術の教科書に、「念力は実在する」との章があり、著者はその存在を説明しています。
"苦しい時の神頼み"の心理をこう記述しています。
「・・・単にその事の成就を強く思い詰めるだけで、それが達成出来るという考えが、多くの人々の心の中に、おぼろげながらあるようです。それだからこそ、神仏に祈ったり、事の成就を念願したりするのであります。勝負事をする人は、自分が勝つことを念願し、愛する者が病気になっているときは、その病気が一日も早く癒ゆることを念願します。その他、切迫つまった事態に追い込まれると、日頃信心の気持ちのない人々までも、神にいのり仏にたよろうとします。「苦しい時の神頼み」とは、このような時の心理をいったものです。」
更に続けて、念力の有無に触れ、記述しています。
「果たしてこのような人間の強い思念の力が、他の人の心身に、何等かの影響を与えて、その結果が現われるのでありましょうか。今まで例示しましたような事柄は、思念したために、そのような結果が現われたのではなくして、丁度思念した時の、その結果が現われたような現象が偶然に起こったのではないでしょうか。・・・・・単に強く思念だけで、それが相手に通ずるようなことは、否定するのが常識でありましょう。・・・」
著者は、思念だけで、人が後ろ向いたり、話しかけてきたり、病気が治るなど現実に起こる事柄をあげて、既定科学の圏内から、一歩をも逸脱することを好まない人にとっては否定されてしまうと述べています。
しかし、それに対して反論する意味で「さいの目の不思議」で、アメリカ デューク大学ライン博士が行った実験を紹介しています。

簡潔に言えば、賭博の名人がある程度サイコロを転がして自分の念力である程度まで、思ったとおりの目が出せるとの申し出に、実験を試み1000回行い目がどの程度の確率ででるか検証したのです。結果的には確率以上の目が出たことで念力の作用があると判断したことでした。
昭和30年半ばに書かれていますが、当時は今と違って受け入れる人は少なかったと考えます。
ボールを浮かせるオモチャ、BMIを使っての作用ですが、かなり前から「念、思念」することで、不思議な能力がある事を認めている人もいました。
透視、念動、念写、この段階で言えることは脳波と関連性が有るのかなということです。
日本で透視・念写の実験を行った方がいます。催眠、超心理学の先駆者。福来友吉博士です。大正2年に『透視と念写』を著し、それが災いして東京帝大を追われます。当時としてはいかがわしい研究と思われたのでしょう。

しかし、このような「念力」に関する話、結構本などで読んだ事があります。
念動の事例を挙げます。
見聞談として記述していました。
昭和21年の事、ある人が山間の家に訪れて、宿泊できないかと家主(農家の主人)に尋ねます。他にないので泊めてあげることにするのです。その人3年間山奥に入り、ある修行をします。
修行の成果をその家主に見てもらうことになり、同行して修行場へ行きます。
その場所に着くと、修行者は切株に水の入った椀を置き、瞑目、呼吸を整えた後「カッと」睨みつけ、一喝すると同時に右手を切り下ろすと椀が5,6尺飛び上がり空中でさかさまになって水が辺りに飛び散ったのです。修行者は家主に「合気遠当」の術の言ったのです。
他に、梁にいるネズミを気合で落とす、気合一つで、動きを封じる「金縛りの術」、予知能力などもその範疇になるかと思います。
このような記述、人によっては信じがたい事柄と思います。

科学技術の進歩で、「脳」の働きが徐々に解明されていくように思えます。
福来友吉博士が今生きていれば、BMIを使い脳、心などの働きをより深く解明していたのではと想像します。
脳波の働きと超常現象と関連が有るかどうかいまは解明されていませんが、いつかは科学の進歩で未知の部分が分かってくるのでしょう。
先人が確立された学問、フロイトの深層心理学、ユングの心理学などあらたな解明が進むことも期待できそうです。

ただ、人は心を持っている以上、思念する行為は当然の能力ですが、その能力がどんな可能性があるかは判りませんが、経験で言えることは「思念」は人が「事」を成す源になるのです。
「夢を持て」、「大志を抱く」「青雲の志」、「末は博士か大臣か」など大きな事柄を成就するに不可欠なエネルギーと思います。
改めて「心」「脳の仕組」について注目させる番組でした。

参考資料 「催眠術の理論と実技」出版 帝国神秘会 著者 田宮 馨
     「実戦武術物語」 出版 壮神社 著者 姉川 勝義
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