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2010年3月アーカイブ

塗装実績を更新しました。

変電所で使用される製品です。
名前が示すとおり電流遮断する製品。
以下は、取引のある電気工事屋のオヤジさんの説明です。
「通常、電気遮断容量、300~400Aの過電流がながれると
OCR(オーバーカーレントリレー)装置と連動して遮断する装置」

それにしても、私らの目に付かない場所で使用される製品が多いものです。
この部品は、鋼材メーカー、板金プレス加工、化成処理、塗装と何人の手によって作られているのでしょうか。


◆お問い合わせ先電話:049-266-5800
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◆担当:上野

相撲協会、ここ数年「横綱 朝青龍」の問題に振り回され、最終的に引退ということで一応の騒動は決着しました。
この一件で、大相撲のあり方、横綱の地位、神事的、興行的要素などの見直しをする切掛けとなったようです。
その流れに乗るかのように、貴乃花親方の理事選出馬、二所ノ関一門から破門されながらも、まさかの当選となりました。
以前では考えられない事態が起きたのです。

部屋別総当り制度ができる前は、一門同士の対戦は無く他の一門との戦いと限られ、いわば身内同然で相撲社会では運命共同体としての組織だったのです。
例を挙げれば、栃若時代、柏戸(前の四股名 富樫)、大鵬(前の四股名 納谷)が入幕した頃、初代若乃花と柏戸の対戦はありましたが、大鵬との対戦はありませんでした。ファンとしてはその対戦も観たいと思っても同門なので本場所での取り組みはありませんでした。若乃花は花篭部屋、大鵬は二所ノ関部屋と同門でした。
(※昭和40(1965)年に部屋別総当たり制を実施)
以前本で読んだのですが、地方巡業の興行は一門で行い、その収入はその一門に帰属していました。したがい、収入を得るために競って強い力士を育て人気が出れば、一門の収入も増え潤うことができるのです。
いわゆる、同業会社の競争と全く同じく、売上を伸ばそうとする組織の競争です。従い、その結束は固く絆を深め、身内意識を育て一門の鉄の掟で利益を守る体制が作られていたのです。ですから、一門の総帥が理事になるのは当然といえます。元大関旭国、大島親方の心中を察するに相当なショックだったことでしょう。

この理事選ですが、あり方が選挙になっていないと批判されますが、長い歴史の中で培われた背景を考慮すれば当然と思えます。
私から言わせれば、何も理事選を作らずとも一門の総意で理事を出すことは構わないと思うのですが。
相撲社会、「競争の原理」でいえば親方が強い力士を育て、興行面で実績を出すことが物言う競争社会です。
結局は、興行面で人気が無くなればそれっきり、最終的には土俵で見せる力士の技量、個性がなどのパフォーマンスが大事なのです。
そういう点で言えば、個性派力士が大勢居ました。潜航艇岩風、もろ差し寄りの信夫山、出足の鋭い、褐色の弾丸房錦、吊りだしの明歩谷、打っちゃりの北葉山、内掛け名人琴ヶ浜を思い出します。
決まり手も今より多く、有名な栃錦の二枚蹴り、大内山を倒した首投げ、若乃花の呼び戻し(別名仏壇返し)、ほか内無双、外無双、外掛け、内掛け、小股掬い、とったり、けたぐりなど、今ではあまり見られない決まり手がありました。
塩を撒く所作が面白かった出羽錦、塩をつまむ程度しかとらず、なんとなくユーモラスでした。

私が子供の頃の横綱といえば、真っ先に浮かぶのが千代ノ山(千代の富士の親方)、横綱返上問題が記憶にあります。190センチを越える長身で確か突っ張りが得意でした
他に、吉葉山、全勝優勝で横綱に昇進しました。四股名は病気を治してくれた医師の名前「吉葉」を付けたそうです。太鼓腹の鏡里、後にプロレスに転向した江戸っ子横綱東富士です。それに続いて栃錦(春日野親方)、朝汐(振分親方)、若乃花(二子山親方)。
当時、昭和20年代後半からテレビ中継が始まり楽しみの一つでした。
実物の関取を目にしたのが、靖国神社で行われた奉納相撲でした。今でもその場所は残っていますが、相撲取りの控えには天幕が張られ、その裾を持ち上げて覗き込んだのです。目にしたお相撲さん、初代若乃花だったかもしれません。
胡坐を組んで脇に一升瓶が置いてあり、顔が赤くなっていたと記憶に残っています。当然のことですが、お相撲さんは酒が強いことが相場でした。

横綱は強い存在で、当時は子供の憧れでした。
映画でも取り上げられて上映され、千代ノ山初代若乃花なども出演しています。他に大関名寄岩褐色の弾丸房錦なども。
このような存在であった力士、その頂点に立つ横綱は興行面では大看板としての役割、責任を背負っているのです。この事柄、品位、品格以前の問題で責務です。落語の世界で言えば、トリをとる大看板。
横綱朝青龍にはその自覚が無かったのでしょう。仮病を使い、モンゴルでサッカーをやっていたのですから。
興行面で考えれば、地方巡業は収入面においても大切な行事です。人気力士が出る、出ないでは収入に違いがでます。
そんな役割を果たさず地方巡業をサボり、サッカーに興じていれば相撲協会の幹部連中許すはずもありません。

高砂親方に厳重注意して、しっかり監督、指導しろと言うのは当然です。
しかし、高砂親方の指導力の無さが露呈して、「すったもんだ」して結局は引退です。興行面で見れば、相撲協会としては横綱を失いたくありません。折角、東西両横綱ができたわけですから。
高砂親方、鳴り物入りで近大相撲部から高砂部屋に入門し、末は横綱かと期待された逸材です。
大関で引退し高砂親方に就任、その時の言葉、確か「自主性を重んじて指導したい」と決意を述べていました。それを聞いて不安になった記憶があります。
聞こえがいいですが、朝青龍を見れば指導力の点において明らかに欠落していました。
力士しての作法、立ち振る舞い、横綱としての自覚、恐らく自主性を重んじるといいつつ、放任していただけなのでしょう。
相撲社会のしきたり、伝統などの行事も教えられなかったのです。
「自主」といっても躾を忘れると我儘になるだけと証明されたようなものです。

相撲の歴史は1300年の長きにわたるものと聞いています。
五穀豊穣を願う神事につかさどることから、縁起を担がれ関取、相撲さんに子供を抱いてもらうと丈夫になるなど生命感を感じさせるほどの存在になったのでしょう。日本社会ではある意味、特別の存在と認知されてきたのです。因みにデパートの催しで長女はモミ上げの長い関取「青葉城」に抱いてもらったことがあります。
最近テレビ報道で知りましたが、明治維新時、髷禁止令、廃刀令が出たが相撲社会は例外として許されています。社会的にもある面で特別に扱われています。

そんな中、ここ近年外人力士が増えています。今では日本人自体が伝統、精神文化の伝承という点でも希薄になっていることを考えると、異文化で育った外人に相撲の伝統、精神文化を教育するのは大変なことと想像されます。
力士の「士」は侍のことです。そういう点では、土俵の上で戦う時は精神面で「武士道精神」が基本となっているでしょう。そういう点を考えると朝青龍の土俵の上のガッツポーズは礼に反しています。敗者への思いやりが欠けています。元理事長の北の湖は土俵の下へ倒れ落ちた力士に手を貸して引き上げることをしませんでした。テレビ番組でその理由を語っていたことがあります。
「敗者へ手を貸し、親切にすれば相手が屈辱的に思うから」と言っていました。その思い私には良く分かります。やはり、動機は思いやりからです。
分野は違いますが、王選手、はじめの頃はホームランを打ってもガッツポーズをしなかったと記憶しています。やはり、ホームランを打たれた投手を気遣ってのことです。しかし、場面の見栄えを配慮するようになりガッツポーズ(喜びを表す程度のもの)をするようになりました。

日々の稽古、取組に臨む時、常々そのような「士」の精神を叩き込み、ただ強ければよしとする鍛錬だけは避けて、力「士」としての「戦いの美学」を体現できる力士に育てることが親方の責任だと思います。
「横綱の品格」と騒ぎ出したのも最近のことと思えます。
大横綱双葉山が基準になっているのでしょう。
しかし、先ずは横綱に品位、品格と言う前に相撲協会の大看板として興行面の責任があり、それを果たす自覚をさせることで充分に思えます。
責任を全うする。それだけでも立派な行為ですから。
若くして横綱になるケースが多くなった今、あまり多くを求めず本分をしっかりやることだけでよいと思います。
以前にも書きましたが、スポーツライター二宮清純に話した言葉で「早く老人になりたい」と現役時代、貴乃花が語ったそうです。横綱の重責から解放されたいと言う意味を込めて。
その重責を果たしていくその積み重ねが、品格を作っていくのです。
元理事長、横綱北の湖、若くして横綱になり憎まれるほど強いと言われましたが相撲人気は高まりその責任は充分果たした大横綱です。
相撲(角力)が「国技」と言われるようになったのは、1909年に国技なる字を取り入れ両国国技館と命名したからだと聞いています。
歴史的長さで言えば、剣道も国技、押しなべて武道の範疇にあるものは国技と言えましょう。

ブログでも触れていますが、昨今子供達が相撲で遊ばなくなっています。これでは日本人横綱を望んでも難しくなっています。
裾野を広げるために学校の正課にしようとする考えもあるようですが、その前に地方巡業を増やし、子供達との接触する時間を増やしたらどうかと思います。
それには本場所を6場所制から昔の4場所制に戻して時間を作ればよいのです。
協興行収入が減るデメリットはありますが、長い目で見れば普及と力士養成面でメリットがあります。それと力士生命が延びることも挙げられます。
今のやり方では、十分な治療を受ける時間もなく体調維持管理もおろそかになっているのではと思います。
これを実行すれば、大関魁皇など40歳まで相撲が取れるのでは。
地方巡業を増やすことで、稽古の質向上も計れます。じっくりと技を仕上げることができるからです。
もっと昔大正時代は2場所制でした。「1年を20日で暮すいい男」と言われた時代です。1場所10日制です。
(※注 東西合併の土俵は、昭和2(1927)年1月場所から実現し、関西場所を春秋二場所開催するため、年四場所興行となった。国立国会図書館常設展示より)

そこまでとは言いませんが、より多く地域と密着して活動すれば人材も探せるチャンスも増えます。
部屋別総当り制度も止めて、一門の戦いにすれば敵愾心も増し、決まり手も多彩になります。
(※条件として、出稽古は一門内とする。)
相撲協会、温故知新じゃないけれど、地方巡業の意義を見直し、改革して欲しいと思います。
最後に慶應大学の教授であった池田弥三郎氏の言葉で結びます。
「髷を結い、花道があれば芸能」
相撲の本質を言いえた言葉として今でも覚えています。

打痕跡
寸法は直径で5ミリ、長さが8ミリのネジ部品です。
素材は亜鉛で、塗装はせず化成皮膜処理のみの作業です。
写真で示す通りネジ部に打痕があり、取引先より作業に問題はないかと指摘を受けました。取引先の指摘は、打痕の部位に皮膜が乗っていないので化成皮膜処理後との判断です
担当者は、前処理工程でつく可能性もあるとの判断でバスケット入れ数は減らしその対策を取りました。しかし、その前にすでに打痕があるのではとの考えもあり、入荷した時点で調査したところ打痕が見つかり、化成皮膜処理工程後でないことが分かりました。
生産会議でも、金属でもあり、それに痕を残すような衝撃もないのではと判断され、再度、デジタルマイクロスコープで観察した結果、打痕の部位に変色が認められて、処理前についていることを取引先に報告しました。
200倍に拡大してみることで判明しました。
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入荷時の状態
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テレビ番組で、一斉に各局が報道したのがバンクーバ-で行われているオリンピックのスノーボード競技の国母選手の服装でした。
腰パンにワイシャツを出し、ネクタイをちゃんと締めず、サングラスをして奇抜な髪型の格好だったのです。
私から見れば、なんてだらしない格好をしているのだと思いました。
「場を弁えない失礼、無礼な奴」と映ります。
例の如く、各局の番組に出ているコメンテェター諸氏がいろいろな見解を話していました。
容認派、非容認派、その中間派と様々でした。
それぞれの局の司会者は「あのような格好でもいいじゃないか」、「正式な場にふさわしい格好をしなければ」「選手個人のスタイルだろうが、やはり正式な場では・・・」などなど。
よくテレビに出る、金髪のコメンテェターは「アメリカではスノーボード選手はスキー選手よりマナーが悪く、服装もラフな格好をしている。オリンピックの視聴率を考慮しスノーボード競技を採用した」と語っていました。
容認派の司会者の一人は私と同世代、「いいじゃないのー」と話していましたが、
服装は自由との判断からでしょうが、自由のはき違いと思います。
ある女性のコメンテェターは「制服はダサいからねー」と話す始末。
この程度の意見しか言えない人が、公共性の高い場にいること自体寂しいことです。
番組編成の責任者は、どんな基準で人選しているのでしょうか。 

JOCへの抗議がすさまじく、謝罪会見となりましたが、その時の態度がまた悪く、質問をされると「ちぇ、うるせぇーなー」と軽く発した言葉がマイクに入り、「反省してま~す」と答えたのです。
これで更に批判が相次ぎ、団長が弁明して出場辞退は回避されました。
この事件が切掛けで、スノーボードの競技が注目されることなり、ハーフパイプなどの言葉が全国的に知れ渡りました。視聴率などを気にするテレビ局には追い風になったのではないでしょうか。

この騒動、テレビ、新聞などで様々な立場の人の見解を述べています。
テレビで聞いたあるコメントに気になった事があります。
「腰パンファッション」の基は、囚人はバンドを使うことが許されず、バンドなしでズボンを穿くため腰までずり落ちてしまう。それを「カッコウイイ」と若者達がまねしだしたのが始まり、アメリカ南部の一部の州では法律でも規制しているなどと番組で紹介をしていたら、その番組に出ている解説者がこういったのです。
僅かなフレーズでしたが、「南部の法律でしょ! それは黒人差別ですよ」と言ったのです。「腰パンファッション」を法律で規制しているのは黒人差別との見解です。
「服装の乱れ─腰パンファッション」を禁じている法律がある州の真意は本当に差別意識なのでしょうか。
私は、「腰パンファッション」は良くないと単に規制しただけと思うのですが。
私の認識ではどちらかと言えばアメリカ南部のほうが保守的で、そう言う点にこだわる傾向にあるだけではないかと思います。
その方自身の思想的信条による発言と感じました。
恐らく人権問題にこだわっているのでしょう。
この一件、人権、人種差別問題ではなく、マナー、礼節の範疇にある「服装を正す」その意義についての事柄であり、その本質に触れ見解を述べるべきです。
番組の流れ、時間の制約もあり出来なかったかも知れませんが。

この騒動で、新聞記事にもそれぞれの立場の人たちの見解を載せていました。
〇 ファッションデザイナーの話として
「腰パン」格好悪い。
「ファッションは元々、状況とその場のルールの中で楽しむもの。オリンピックという状況で乱れた服装は恥ずかしいことで指導者側にも問題がある。・・・・・崩すことで自由な現代を象徴する意味もあるが・・・」
〇 ロサンゼルス五輪女子マラソン代表 スポーツジャーナリスト
普段ならいいけど。
「・・・オリンピックは選ばれた人のみが立てる舞台で、競技だけでなく人間性や品性も見られる。そういう意識が欠けていた。・・・」
〇 スポーツジャーナリスト
選手の権利侵害。
「自分のスタイルを通しているだけなのに、そんなに悪いのかという意識があると思う。こういう服装で自分の生き方にこだわっているつもりなら自己中心的で幼稚。とはいえ・・・・入村式、開会式を欠席させるのはやりすぎ・・・」
仕事、経験の違いで見方が変わるがある意味本人の思慮の無さは指摘している。

私が思うに、場を弁えない行動は礼儀知らずで、そのような礼儀を躾けられなかった親にも責任があるのではないでしょうか。
近年目に付く、場を弁えていない例として、通勤電車内でのお化粧、飲食等。
公私の区別を弁えていない行動です。彼等にはそのような意識が育たなかったのでしょう。親は知っているのでしょうか。
時代の流れで言えば、子供の頃、立って食べるのは行儀が悪いと注意されましたが、社会様式の変化で、それが今では食べ歩き姿も見受けます。
作法も変化していく面もありますが、だからといって何でも時流にあわせるのが良いとは思いません。

私は「場を弁える」という意識は生活の中から学んだように思います。入学式、卒業式、結婚式などなど、そういう意味では、生活の中に「けじめ」をつける慣習が薄らいでいるように思えます。
権利の侵害、人権などとは関係なく、人間社会の秩序、慣習として、礼節、礼儀がある訳ですから注意して罰を与えるのは当然です。
服装を正し「式」に出ることは、その「儀式」今回の例は「入村式、開会式」に当たりますが、その「式」の意味、意義に敬意を払うから「服装を正す」のです。
身近な例で言えば、葬式に表れています、その「式」の意味、意義を理解しているから黒の服装をして参列するのです。明るい色をした服装を着て葬式は出ません。
だから、喪章も黒なのです。赤や白などの喪章はどの国にもありません。「黒」色が持つ印象から、悲しみを表すのに人間の感性に合うからだと思います。
「白色」では、日本の場合「死を覚悟」「神聖」の意思表示として使われています。例ですが、「仇討」「切腹」などの時、着るのが白装束です。日本人の感性から生まれた慣習と思います。神聖な場所で修行する際、白の着物が用いられます。

「けじめをつける慣習が薄らいでいる」と記述しましたが、典型的な例が成人式に見られます。
毎年、その時期になると報道されます。成人式で騒ぎ、式を乱し面白がっている輩です。新しい門出となる大切な「式」なのに。
2年程前、小学校の先生と電話で話す機会があって、その会話の中で言われたお言葉を思い出します。
「今は、式がショーになっている」。
本当にそれを実感することを報道で耳にしました。私の記憶では、九州のある市で行われた成人式で、確か市長が流行歌を歌ったと言うのです。
そのような立場に居る人が何故だと私は思います。本来なら、訓話を話し、成人としての自覚を促すべきでしょうが。何か、迎合しているように思います。
式は遊び、ショーではないのです。
昔、武家社会では、15歳になると元服という式をしていました。現在の成人式です、前髪を剃り、月代(さかやき)のある髷に結いなおし、一人前の武士としてこれから生きていく覚悟を持たせるのです。式には厳粛な思いが込められています。
その市長に「軽さ」を感じてならないです。本分を忘れ、歌を歌った市長に「あなたは芸人ですか」と言いたくなります。

国母選手、競技中もマスコミに追いかけられ注目を浴び、一々の立ち振る舞いを報道され、マナーがどうのこうのと言われていました。
競技も終了し、インタビューなどを受け「これからも私のスタイルを貫く」
という返答をしていました。
これを聞いて、今回の騒動で何を学んだか心配になります。
これからも、好き勝手に振舞うということなのか、はたまた、スノーボードに取り組む姿勢を言っているのか。
若いからこそ、学ぶ姿勢を持ってもらいたいものです。

礼儀作法が出来てきた背景にある伝統、精神文化からの影響が大きくかかわっているように思います。
礼儀作法について書かれている本から引用し、一文を紹介し理解の一助とします。
「容儀───姿、身のこなし、言葉」と題して「葉隠聞書」を紹介しています。
「士は毎朝行水月代(さかやき)に香をとめ、手足の爪を切って軽石にてこすり、こがね草にてみがき、懈怠(けたい)なく身元のたしなみを専一とし、尤も武具一通は錆を付けず、塵埃を払い、磨き立てて召し置き候・・・」
この文の解説として、
「女性たちのマニキュアを連想してしまうような記述だが、あとを読むと武士がこのように身元の「たしなみ」に意を用いるのは決して風流のためでなく、見苦しい姿で討ち死になどしたら末代までの恥辱だから、いつ死んでもよいように気を配るのだと付け加えている。・・・・・」
子供の頃、親から下着はいつも清潔にして置きなさいと躾けられたことを思い出します。万が一の時、恥をかかないための配慮ということでしょう。
武士の生き方、考え方が、浸透していたのでしょう。
いつの時代も、たしなみは大事ということです。

参考資料 「武道の礼儀作法」著者 野中日文 合気ニュース
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